プロフィール

Hiroshi♪

Author:Hiroshi♪
工学専攻の学生時代から教育やまちづくりに関心を持ち、
この春、教育分野に進路をすすめた福岡人。

特に

・大学においての学生支援
・高大生のキャリア教育
・学校と地域の連携

に関心が高い今日この頃。


自称:
“地域・教育コーディネーター”


趣味は楽器演奏♪(ギター、ベース、ドラムを少々)

イベント大好きで
鍋パーティから大規模なお祭りまで企画します。

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feeling fine
日々の気づきや疑問について 気ままに書き綴るblog
連絡はコチラ:hiroshi_feelhappyあっとyahoo.co.jp
※「あっと」を「@」に変えて送信ください。
結婚
大阪で久しぶりに会った友人が結婚してた!!


もう一人の友人も婚約したとか。

みんな大人になっていくんですね。
俺はまだまだ子供だなー。



大阪
先ほど大阪のホテルに着きました。

明日一日大阪で
明後日に広島に寄って福岡に帰ります。


今日泊まっているホテルは
なんか以前泊まったことある気がします。

地下鉄降りた景色に見覚えがあるなぁ。
なんのときやろ?
大学教育改善
最近はやったことの報告が多いので、
こうやって自分の考えを表現してみることを
混ぜていこうと思います。

それは自分の中の整理・整頓であり、
記録であり、問題提起です。

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大学の教育(単に授業だけではない、大学で学生が学ぶこと全般)の
質を上げようと思ったとき、

教職員の能力向上や意識改革、
学部学科やゼミ、チームなどの組織開発、
コースやプログラム開発を含むカリキュラム開発、
などなど大学側の色々な次元における改善が考えられる。


それらは大変重要で緊急な課題も多いと思うが、

大学という組織の複雑さや
教職員に根深い今までの慣例や文化があるため、
急激な変化を求めるのは難しい。
また、急激な変化を求めることが必ずしも質の向上に繋がるとも言えない。


そのため、長期的なアプローチが大変重要だ。


そして大学教育改善に携わっている人は、
上記のことを分かっている、もしくは感じていると思う。



しかし、仮に上記のことが事実であるとしても、
忘れてはいけないことがある。

それは今現在も多くの学生が大学で学び、
卒業していっているということだ。


大学側を改善していくことが長期に渡ることだとしても、
その改善が完了するまでに沢山の学生が学び巣立っていく。

その学生の学びはどうするのか?
改善の過渡期だからしょうがないとしてしまうのか?
それは本当に学生のことを考えた改善なのか?
教職員側の都合にいつのまにか呑まれてないか?

私は長期的な改善を行うと同時に、
現状の大学のままでどうすれば学生の学びが深まるか、
というような"現状でのベスト”を
常に探究し、支援することが必要不可欠だと思うのだ。



学生支援については世界的にも重要視されているし、
日本も答申などにその重要性が記載されている。

しかし、まだまだ教職員に浸透していないし、
行われている(行われようとしている)学生支援は
経済的な支援ばかりだ。



もっと多面的な学生支援を展開したい。




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おまけ
IMG_9510.jpg
次の日の朝は雨でタワーが見えない・・・


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飛行機からの景色♪


FDって
今日は文科省でセミナー受講。
IMG_9493.jpg


今日のセミナーを聴いて感じたこと。


FD(ファカルティ・デベロップメント)は
大学が取り組まなければならないとされていることだ。

しかし、その定義は人によって異なる。
FDについて議論が起こると
それぞれの異なる背景が見え隠れする。

それが面白さや意見の多様さを生みだす一方で、
話がまとまらない、議論が煮詰まらないこともある。


それぞれの背景が見えている
(この人はこういう定義を持っていて、
 あの人はこういう背景で話しているなどを知っている)
人にとっては、
そういう議論でも特に問題はないのかもしれないが、

私のような素人にとっては混乱を生みだしかねないと感じた。


なので、その背景の違いを確認するか、
いっそのことFDという言葉を使わずに議論をしてはどうかとも思った。




一般の教員も高等教育の専門家ではないので、
FDの歴史や現在の状況などは知らない人が多いだろう。

そんな人たちにFDという言葉を先行させて話をして
どこまで理解を得られるのだろうか。


「これからの大学教員はそういう高等教育の歴史や動向くらい知っておくものだ」

と、切り捨ててしまうのは簡単だが、
それは学生に対して

「これくらいは身につけておくのは当然だ」

と、切り捨てるのと変わらない。



現状で、FDという文化が日本に定着していないとして、
仮にFDを定着させることに意図や甲斐があるとするならば、

一方で歴史や現状、その手法など、
FDというものがあるということを知らせることを行い、

もう一方では、例え要素の一部しか表していないとしても、
現在日本にある概念で色々と提示することも必要ではないかと思う。


そうやって両方からアプローチし、
日本の風土や文化、社会に適した形の
FDを形作っていくことが適切ではないだろうか。



日本には「手法をただそのまま持ち込む」文化があると感じる。

それにより機能することもあるだろうが、
多くの場合、背景や性質を無視して、
ただ形だけを当てはめて機能しないということが起こっている気がする。

コーチングやらブレインストーミングやら
表面の形だけが導入され、
言葉が先行しているものは多い。


しかも、本当は色々な要素を含んでいるものを、
一言で表して「こういうものだ」と理解したつもりになる傾向もあると思う。


FDにも同じことが起こっているのかもしれない。


FDという言葉や概念を定着させたいのか、
それともFDを導入することで何かを為したいのか。


一体どっちなのだろう。



おまけ
IMG_9496.jpg
ホテルは素敵なところです。
部屋から東京タワーが見える♪


東京
23、24は東京出張です。